花束

デカイ花束から手と足が生えているような、としか形容の仕様が無い姿。
来客は花束に上半身をすっぽりと隠されていた。
つまりソイツは、バカみたいな量の花を抱えてこの家の前に立っていたわけだ。

そのバカみたいな奴が誰なのか。やたら恵まれた背格好と、なによりその行動。
(顔見るまでも無いなぁ・・・)
その事実に、少々げんなりしないでもない。

そいつは、人間が飢餓よりも流行病よりも恐れている災悪。 魔王と呼ばれる存在、まさしくそれだった。
世界の人々のイメージからは、かなりかけ離れているだろうけどね。

「アンタ馬鹿でしょ…」
呆れたように言ってやると、花束が揺れた。
精霊や妖精なんてものの姿をはっきりと視ることは、俺には出来ない。 おぼろげな光が網膜を刺激する程度だ。 しかしぼんやりとした姿でも、花の周りを舞う精霊が上機嫌だってことはわかった。 魔王が笑っているからだろう。 嬉しそうに、笑う。

コイツの災悪たる一番の所以は、その影響力。
花びらは揺れるたび、キラキラした小さな粒を振りまいた。
「とりあえずあがれば?」
ガサガサと花束が揺れる。
首だけを横に振ると顔中に花びらやら葉やらが当たるのだろう。 体ごとを左右に振ってNOの意思を表す。 キラキラした粒がたくさん振りまかれて、眼が痛い。 口で言えれば早いんだけどなぁ、全く面倒臭い。
「つーか、ソレ運んでもらわなきゃなんないんだけど」
俺に運ばせる気?と、言外に問う。
魔王はしぶしぶ首を縦に振った。の、だろう。ばさりと花束が上下に揺れる。
ったく、眩しくて仕方が無いったら。




紅茶にクッキーにバケツいっぱいの花束の乗ったダイニングテーブル。 それを挟むそこそこの図体した二人の男。 それだけでも空寒い光景だってのに、かたや魔王ときてる。 客観的に形容するととても嫌な光景だね。
もちろん俺は人間で、ここは人間の住む町。 町の人間が聞いたら卒倒しそうだし、教会の奴らに知られたら殺されかねない状況だよな。 つくづく、人間の方が物騒だ。

「なんて花?」
たずねると魔王は嬉しそうににっこりと笑った。
俺の方がまだ魔王らしいんじゃないかと思えるほど、邪気の無い顔。 だけど俺は、魔王の魔王以外の名前は記憶に無い。
何度か三上が呼んでいるのを聞いた事はあるんだが、いかんせん覚える気が無い。
魔王は魔王だ。それがいくら不釣合いでも。災悪は災悪だ。
「綺麗だろう」
一声。
たった一声。
それだけでも、結界の中でなければ、俺のような人間が聞く事も危険なのだ。

結界は紙切れ一枚で簡単に発動させられる。特別な力や呪文もいらない。もちろん紙切れは特別製の呪符だが。
だから、共存が出来ないわけではない。
そもそも対象に邪気も敵意もなければ、ただの心地良い声でしかないのだ。 だからこそ魔王は、人里離れた森の奥深くの城に住んでいる。 災悪が災悪なのは、人間にとってだけなのだ。

これは世の中からあいつを守るための結界だ、と。呪符を作った張本人は言った。つーか、三上だけど。
災悪なのは人間の方なんだよ、と。自己嫌悪の口調で三上は言う。
だけどさ、お前はそう言うけど、敵意も憎しみも嫉妬も妬みも無い人間は人間じゃないって、俺はそう思うんだ。 だから、こいつへの認識が改まったり、同じテリトリーで住めるようになったとしても、結局は相成れないんだよ。 お前がどんなに、望んでたってさ。
だからお前らを、とても馬鹿だと思うよ。

「名前はまだ、決めていないんだ」
「・・・え、」
色々考え込んでいたので、それが花のことだと気づくのに少しかかってしまった。
「ああ、これアンタが魔法とかで創ったってこと?」
見たことない花だと思ったのは、知識が無い所為じゃあなかったらしい。
「種はな。栽培は自力だぞ」
どこか誇らしげに言う。
それにしたって、今は花の咲くような時期じゃないだろう。 あ、でも、冬にわざわざ花を付ける奇特な花もあるんだった。そういう風な種類にすれば良いってことか。
なるほど、なるほど。
心得てるじゃないか。
あいつはそういう、真心の積み重ねに至極弱いんだ。

「そんなに好き?」
何をとは言わなかったけれど、魔王は上手く俺の意図を汲んだようで、俯き気味に笑った。
度合いに大した意味は無い。だからこの質問は戯れでしかない。
けれど。
こいつがあんまりにも嬉しそうに笑うもんだから。
三上が自分の種をあれだけ罵倒したくなる気持ちが、ほんの少しわかった気がした。
気がしただけだけどね。



「それじゃあ、そろそろ帰らせてもらうよ」
紅茶を飲み干したところで魔王は言った。 立ち上がり、ご丁寧にカップを流しへ持っていく。
「会ってかないの?」
今日は、直接言いたい事があるだろうに。
「多分、怒らせてしまうから」
怒られるから、なのではないあたり、全く健気なハナシだ。
「じゃあ早くしないと。そろそろ帰ってくんよ」
"びくっ"なのか"どきっ"なのか、あるいはその中間か。 会ってはまずいけれど、会いたくないわけではないらしいく、魔王は俺の言葉に大げさに肩を震わせた。

頼りない目で俺を見る。薄っすらと微笑むコトでそれに答えると、さらに弱気な顔になった。
そわそわと、うろうろと。決めかねるように、視線や足を彷徨わせている。
誕生日に怒らせるようなことはしたくない。けれど、直接おめでとうと言いたい。
どちらも根源の感情は同じ。
とても愉快だ。

二番目に好きな人とする結婚であるとか。 二番目に好きな事を仕事にするとか。 そっちの方が人生平穏だし、心穏やかでいられるだろう。 そういうのも幸せのかたちだよ、確かにね。
でも、苦しくない事と幸福である事って、似てるようで違うしさ。
好きな分だけ苦しいけど、それでも好きだって思えたら。 その幸福は不幸とごちゃ混ぜで、幸せを見失ったりするけれど。 それでも好きだと想ってしまうんなら。 どんなに苦しくたって、一瞬の歓びに微笑んでしまうんなら。

馬鹿だなぁって思うよ。心底、そう思う。


自分はどうしたらいいのか。
魔王はそう問いかけるようにコチラを見た。不安げな子供のような目。
俺は優しい人間ではないので、何も答えない。急かしも引き止めもしない。
そうこうしているうちに、玄関から声が聞こえてきた。
驚き焦りながらも、嬉しそうな色が魔王からにじんで。
その様子が面白いくて、俺は思わず笑ってしまった。


覆しようの無い馬鹿。
完膚なきまでに馬鹿。

馬鹿なことが悪いことだとは思っていないさ。露ほども。
だって、馬鹿じゃない生き物なんていない。そんなものは、存在しえないよ。 どこで馬鹿になるか、それだけの問題なんだよ。
だから俺は、今日も自分を許していられるし、世界を愛していられる。




こんだけ馬鹿馬鹿言ってるからきっと中西。