ジャンプ ザ ガン
授業中に一服出来る所なんて限られているから、たとえ寒空の下であろうとも俺は健気に屋上に通う。
煙に流す、とでもいうような感覚が好きだった。
煙とともに全ての汚いものが吐き出されて空に溶けるような気がするのだ。
体内が少し浄化されて、空を少し汚染するような。
実際は肺も空気もどっちも汚くしてんだけどね。
俺はもはや感覚の無くなった手で、箱から一本とりだした。
ドアの向こうで誰かの足音がする。俺はかなり耳が良いのだ。
教師ではない。上履きがリノリウムを擦る独特の高い音が混じっている。
けれど靴を引き摺る音はしないから、踵を踏んでないやつ。
ドアの開いた音がしても、俺はわざと振り返らなかった。とっくに見当はついていた。
傍らに気配が立って、そこで俺はやっとそいつの顔を見る。
「三上も一服?」
彼は不機嫌そうでもあるし、怪訝そうでもある。
三上は俺の前で、よくこの表情を見せる。
「何なら要る?」
「んな臭ぇの吸えるか」
「でも、持ってないでしょ?」
俺がニヤリと笑ってみせると、三上はあからさまに嫌そうにした。
俺達は自分の煙草を寮の部屋に保管しなければならない。
部室のロッカーに置いておくわけにもいかず、教室の机なんてもってのほかである。
そして、例えばそれを同室者が捨てていたとしても、その行動を完全に阻止するととなどできない。
四六時中行動を共にしているならともかく。
厄介なことにその行動は嫌がらせでも意地悪でもなんでもなく、
純粋に三上のことを心配しての行動で、だからなおさら、こいつは嫌そうな顔をして見せる。
「なんで知ってんだよ…」
しかしこのしかめっ面の原因こそが、
三上が最近あまり授業をさぼらない理由でもあったりするのだ。
俺は少し、いや、結構こいつとすごす無為な時間が気に入っていたので、少し残念だと思う。
俺はごそごそとポケットを探ってタバコの箱を取り出した。
「さっきも言ったけど、そんなん吸えねぞ」
「違う違う」
箱のなかでバラバラとななめになっている数本の中に居る、
他と違う種類の一本を取り出す。
「これなら大丈夫っしょ?」
少し面食らったようなカオをしたのが可笑しかったので思わず笑う。
しかし、その後少し後悔。
(あ、機嫌損ねるかな……)
三上は人に笑われることを嫌う。
しかし予想に反して、三上は笑った。俺につられて、笑ったのだ。
「さんきゅな」
タバコがないんだから当然火を持ち歩くこともしてないだろうから、
俺は三上のくわえたタバコにライターを寄せた。
ふうっと吐き出された煙は、俺のと何ら変わりはなかった。
誰だったかな。
タバコの煙を空にむかって吐きながら、
ホラ、空を汚してるみたいだろう?
と、人を食ったような笑みで言ったのは。
フィルターのギリギリまで吸った煙草を、携帯電話のストラップに混じっている手のひらサイズの灰皿のなかに押し込んだ。
「それじゃ、ごゆっくり」
三上は右手だけで返事をする。
ドアの近くまで歩み寄って、立ち止まって少し考えた。
俺はくるりと三上の方を向き
「三上ぃ」
手に持っていたものを投げた。
四角くて鈍い銀色に光るライター。
さっき俺が三上のタバコに火を付けたそれ。
振り向きざまにそれをキャッチした三上に言う。
「誕生日プレゼントがあれだけじゃ、オトコがすたるでしょ?」
俺が笑うと、三上も笑った。
「フライングだっつーの」
2人笑った後、いや、笑いながら
俺はドアを開けて、ドアを閉めて、階段を降りた。
(保健室にでも行くかね)
とか、ぼんやり思いながら。