「なんかたまーに殺意を感じるんですよね」
世間話の延長で、冗談半分の口調でそう言われた。 しかもいかにも愚鈍そうなこの男に。
同じような事を言うんでも、土方さんなら真顔か不機嫌そうな表情で言う。 そしたら俺は、今頃気付いたんですかいと呆れてみせてやる。
だけどこの場合の俺は、驚きを表面に出さないように努めながら平淡な声を出すしかない。 それがあまり認めたくない類の事実だからだ。

「どうして俺が山崎なんかを殺したがるんでぃ」
「知りませんよそんなこと」

山崎はシレっとこたえた。 食えない男だ。
土方さんにパシられてるときの情けない印象はすっかり影を潜めている。 あの人の目が届かないところで、こいつがたまにこうゆう顔をするのを思い出した。 これがこの男の本質なのだろう。
こういう性質の男は嫌いでない。 底の知れないものと対峙するのは好きだ。 ただ気に入らないのは、奴が土方さんの前で猫をかぶってる事。

「でも沖田さん」

土方さんは何かってぇとこの男を呼ぶ。 今も山崎は左手にビニール袋を下げていて、中身は煙草とマヨネーズだ。

「たまにあんたから、普段は発しないようなねちっこい殺意を感じますよ」

おい山崎、煙草とマヨネーズ買って来い。いつものだぞ。 ちゃんといつもの買って来いよ。
とかなんとか。
その姿を、その声を、その口や喉の動きを想像するのは俺にとってそう難しい事ではない。

「なんで沖田さんが、俺なんか殺したがるんでしょうね」

確信犯の笑みで俺の顔を覗き込む。
なんて嫌な男だろう。
少し前まで、俺はあの人の煙草の銘柄を知らなかった。 あの人の煙草の匂いはわかっていたけれど、名前なんかには疎かった。 ある日ふとそれに気付いてしまった。
あの人は「いつもの煙草」としか言わない。 山崎は「わかりました」とだけ答える。 そしていつも同じ煙草をカートンで買ってきて、あの人に手渡す。 もはやパターン化された繰り返される一連の動き。
俺の知らない事を、この男は当たり前に知っていた。 他にももっと、俺の知らないあの人をこの男は知っている。 その事実に気付いたとき、俺は草食動物の顔であの人の傍らを自然に埋めるこの男を殺してやろうと思った。 近藤さんが好きだからできないけれど、でもこの男を殺してやろうと思った。

「ねぇ沖田さん、あんな人のどこがいいんですか」

あんなののどこがいいんだろう。 あんな短気で口が悪くてモク中でマヨネーズ依存で目つきが悪くて人の気持ちにこれっぽっちも気付かないような鈍い男のどこがいいんだろう。

「おめぇこそ」

それがわかりゃあ苦労はしないだろ?

「あんなののどこがいいんでぃ」

俺がそう言うと、山崎は声を上げて笑った。 俺を笑ってやがるのかと思って本当に斬ってやろうかと思ったが、よくよく表情を見ればなんだかそれは自嘲に似ていた。 無理矢理に口角を上げた、この男には似合わない歪な顔。

「あんたも大概鈍い人ですね」

真意を伝える気のない喋り方だった。 だけどどこか真意を汲んで欲しがっているようにも感じたが、俺はそこまで親切じゃあない。
山崎は手の届かないものを見る目で俺をじっと見つめる。 こいつは、俺の向こうに何を見ているのか。 俺の中に誰を見ているのか。

「あんたは酷い人だ」

ふたたびポツリと山崎が言った。 やはり意図は汲めない。

「鬼じゃねぇだけマシだろぃ」

適当な俺の言葉に、山崎は少し笑った。

酷い人