最低

昨日も普通の一日だったはずだ。
諜報活動、情報交換、散歩、食事、逃走劇・・・  一般的な普通とは多少(あくまで多少)異なるかもしれないが、自分にとってはごくごく当たり前の一日だった。
なのに、
「どうしてこうなる・・・」
朝目覚めると、俺の傍らで昔馴染みの男がすやすやと眠っていた。 背中を丸めて俺のわき腹の少し上に鼻先を寄せる風体はさながら猫である。
別に同じ布団で眠っただけなら問題はない。 そのうち30にもなろうかという男が二人、同じ布団でだなんて気色悪い話ではあるが、それこそ気色が悪いだけのことだ。 薄ら寒い話なだけで、別に問題は無い。 眠っただけなら。
眠っただけでないから大問題なのだ。
昨日のアレは夢だ。 きっとそうだ、そうに違いないと思い込もうにも、男の首筋には既成事実の跡がくっきりと残っていて言い訳の仕様もない。
大体、初犯じゃない。
もう何度目かもわからない。 何年前からかもわからない。 俺たちはいつからかこういう行為におよぶようになってしまった。
「最低だ・・・」
頭を抱えて嘆いても仕方ない。 俺はまたこの男を抱いてしまった。
後悔するくらいなら応じなければいいのに、それでも俺は拒めない。 しかも俺を求めるこの男は正気を失っていて、朝になれば夜の出来事は忘れている。 そんな状態だとわかっているのに。
この男は何かに憑かれた様に、いやむしろ全ての憑き物が大切な何かごとごっそり落ちきったかのような、 そういう空っぽな様子で、ひたすら機械的に温度を求めて腕を伸ばす。 昼間には半透明の膜の奥に隠されている痛々しさを、月の光が暴いているかのように。
虚ろな目ですがりつく男の手を、強く振り払わなければいけないのだ、本当は。 本当は拒絶してやらなければいけない。 俺なんかに縋り付く様な真似を、この男にさせてはいけない。
事前も事後も最中も、ずっと罪悪感と自己嫌悪が俺を追いかける。 それなのに、それでも、俺はこの手を強く振り払う事がどうしてもできない。
目蓋の裏にくっきりと思い浮かぶ、夜の姿。
一度はなんとか肩を押しやって、首を振って見せたりもする。 けれど男はひたすら、俺のことしか知らない子供のように、懸命に手を伸ばしてくるのだ。 届かないもどかしさに顔をゆがめて、ひたすら俺に触れようともがく。 痛ましいその姿は俺を責めたてるが、同時に煽りもするのだ。 俺がしまいこんでいる劣情を。
朝になれば何も覚えていない男に、
「寝床を間違うほど酩酊するんじゃない」
なんてそ知らぬ顔で言う自分に、いつもいつもいつもいつも吐き気がする。 彼の望む事では、決してないだろうに。 機械的に求めるのが、よりにもよって俺だなんて。 こんな酷い、痛々しい姿に煽られるような、下種だなんて。
男は半開きの口から言葉にならない声を漏らしながら、指先を震わす。 体全体で俺を求める姿だけでたまらないっていうのに、その隻眼すらじわじわと水分で揺れ出すと、もう駄目だ。
抱きしめるのを止められない。
そして俺はいつも、この気高く孤独な生き物を、抱く。
「最低だな、俺は・・・」
なんて自分は酷い男なのか。
旧拍手お礼