貴方が私にくれたもの

夏だっていうのに熱を出した。 もう三日、引いていない。


いつも俺が起きている頃合に古株の女中がやってきた。 雑事全般をてきぱきこなす元気な婆さんで、体調を崩した俺の世話をするのは彼女の役目だった。 伊達に年は取っていない、病人の世話に関しても手際の良い婆さんなのだ。
婆さんは俺の首元に手を当てて、溜息をついた。
「あらあら、とうとう今日も下ごうとりゃせん」
年寄りらしい大きな独り言だ。
夜の間にずれ落ちた手拭いを冷や水に浸して絞ってから俺の額に乗せた。 この熱ではどうせすぐにぬるくなるが、ひんやりとした額から僅かばかり熱が逃げてゆく気がした。
「こねぇな日に残念じゃったねぇ」
婆さんはそっと立ち上がりそっと襖を閉めて出て行った。 寝ている俺への気遣いなのだろう。 実際寝ちゃいなかったし、気を遣うんならあの大きな独り言こそなんとかすべきじゃないかと思ったが、まぁ気のいい婆さんなので言わないでおいてやろう。
ところで残念とは一体何のことだろうか。


昼頃にはヅラがやってきた。
「まだ臥せっているのか。軟弱な奴め」
いつもなら即座に言い返すのだが、こうも熱が続くと流石にこいつを相手にする元気なんて無い。 かろうじて「何しに来たんだよ」とだけ言った。 声が予想外に擦れてて自分でも驚いたが、ヅラはもっと目を丸くしていた。
「貴様そんなに酷いのか」
面倒臭くて、目を閉じて返事をしなかった。 そしたら肯定ととられたらしい。
「変な顔」
そろりと目を開けて窺うと、嫌に心配げな顔のヅラがいた。
「女みてぇなのは顔だけにしとけよ」
「お前の顔だって、全く男子然としていないじゃないか」
拗ねた顔でそっぽ向くヅラが手に何か握っているのに気付いた。 長い穂状の花が枝先に咲いている、川沿いにたくさん生えた植物だ。
「それ・・・」
「ああ、その、退屈しのぎになるかと思ってだな」
確か藤空木とかいう名前の、匂いの強い夏の花。 風邪でなければよく香るんだろう。
「花瓶に生けてやるから、南の戸を開けておくと良い。 匂いに誘われて蝶が寄ってくる」
こいつが俺に何か持ってくるなんて、珍しい・・・というより初めてじゃなかろうか。 おおかた、先生に何ぞ言われたんだろう。 あの人は自分こそ危なっかしいくせに、他人にばっかり心配性で世話焼きだから。
「せいぜい大人しくして、早く治す事だな」
ああ、そういえばこいつも、心配性だったな。


日が沈みかけてようやく涼しくなりかけた頃、遠慮なく襖を開けたのは銀時だった。 この時間帯にやって来るのがいかにも銀時らしい。 この時期、昼間に出歩く人間の気が知れねぇよ俺は。なんて言うに違いない。
「お前しょっちゅう風邪ひくよな。俺みたいに馬鹿になったら? 馬鹿は風邪ひかないっつーだろ。  あ、でも夏風邪は馬鹿がひくのか。お前、馬鹿なんだか馬鹿じゃないんだかはっきりしろよ」
「知るか。そんなことわざ作った馬鹿に言え」
「ああ、馬鹿って言う方が馬鹿ってことか」
常から脈絡の無い言葉をくるくる舌先に乗せるやつではあるが、今日は特に。病人相手だっていうのにやけに饒舌だ。 無気力な顔してやがる癖に元気なやつ。羨ましい事で。
「なんか喋ってよ」
「おい、俺ぁ病人だぞ」
夜になって多少マシになってはいるが、まだまだ体温は平熱に程遠いし、体中相変わらずダルい。
「最近退屈なんだよ。ヅラも無口でさ」
「夏バテか?」
「かもなぁ」
人のこと軟弱だなんて言いやがったくせに、自分もバテてるんじゃないか。 ザマぁ無い。
「この部屋いい匂いすんのな。上流家庭は違いますってか」
先生の家はそんなに臭いのか? なんて思ったが、ヅラが昼間に持ってきた花の事を思い出した。
「ああ、あれだよ」
大き目の花瓶から三つばかり生えた花を指差してやる。
「ヅラが勝手に生けてった」
「ふーん。誕生日の贈り物ってことなのかね」
「誕生日?」
「今日お前の誕生日だろーがよ」
ああ、そうか。もうそんな時期なのか。
「おめでと」
これっぽっちもおめでたそうじゃない、抑揚の無い口調だった。 銀時らしい。
「まぁ、めでたい格好じゃ無ぇけどな」
とりあえず次に会ったら、礼くらい言ってやろうか。
喧嘩の相手がいなくて桂さんが大人しい

銀さん退屈

じゃあ高杉相手してよってことで押しかける

風邪が長引く