マイファミリー、マイホーム

「誰が本当のパパ? っていつも聞かれるよ」
カウンターの向こうで僕のミルクティーを用意しながら、 ルッスーリアは薄く微笑んでいる。
「今日は随分若いパパだね、って言われた」
「ですって、ダーリン」
お店の奥から、嬉しいなというフランス訛りの声が聞こえてくる。 彼は今、彼とルッスーリアと僕のお昼ご飯を作っている真っ最中だ。 僕の両親はとても忙しいので、僕は週の半分くらい彼ら2人が経営するお店でお昼ご飯を食べる。
「通勤時間が長すぎるのよ」
「近くに住めば良いじゃないって何度も言ってるんだけどね」
「覚えてないの? あの辺りの物騒さを」
覚えているという言い方が正しいのかはわからないけれど、なんというか、 戦争は体験していないけど、戦争があったことはいつの間にか知っている。そういう感じに近い。 両親が仕事場にしている辺りが普通の何の力も持たない幼い子供が住むのに適した場所じゃあなさそうだってことも、自然と知っていた。 ただ、その内容はとても鮮明で生々しくて、実感が伴っている。 前の僕だったらなんともなくて、むしろそこでしか生きていけなかった。 明るいところに棲めるようになったかわりに、暗い場所にはいられなくなった。 一長一短ってやつだ。
「出来れば人なんて殺さない人生のほうが良いわよ」
「これからもずっと、そうならないって保証はないけどね」
ならないわよ、と笑ってルッスーリアはティーカップを僕の前に置いた。 タイミングよく店の奥からルッスの恋人が僕達の昼食を運んできたので、みんなで並んで昼食をとった。 彼らは僕を挟んでカウンター席に座った。 ただ今営業準備中のこのバールを外から見ると、僕たち三人は家族に見えるのだろうか。
いや、それは無理かな。母親がごつすぎるね。
夕方になると、珍しく両親がそろって僕を迎えに来た。 大抵は先に仕事を終えた片方が僕を連れて帰り、 一緒に夕飯を食べ、もう片方の父親が帰ってきたらお休みを言って僕は寝室に戻る、という生活サイクルなのだけど。
僕は嬉しくなるより先に驚いてしまって、
「どうしたの? 誕生日はまだ先だよ」
なんて可愛くないことを言った。
それを聞いたパパーが
「そうか、誕生日かナターレにあわせりゃあよかったな」
と、よくわからないことを言った。
「今から訂正しに行くかぁ? ベルがまた切れるぜ」
バッボもおかしそうに笑ったけど、ますます意味がわからなかった。
とりあえずパパーの運転するフィアット・124スパイダーの助手席でバッボの膝の上で揺れながら、家に帰った。 二人で迎えに来るならなんでちゃんと後部座席のある車で来ないのさと言いたかったが、 なんだか二人とも妙にテンションが高くて、少しのことでクスクスと笑い合ってるのが気になって、結局言いそびれてしまった。
家に着くと、三人で夕食の支度をした。 食卓に三人分の食事が並ぶのは、久しぶりだったので、
「なんだか新鮮だね」
と言うと
「すぐに慣れるぜぇ、これからは大抵そうだ」
と、言われた。
毎日きっかり四時に帰らせろとか、そういう無茶をベルに言ったんじゃないだろうねとたずねるより先に
「もうマフィアは廃業だ」
すっきりした口調でパパーは言った。
「と言っても、ボンゴレの系列会社の役員にアマクダリだからな。縁が切れたわけじゃねぇが」
「けど、勤め先は今までよりずっと近ぇ。残業も少ねぇしな」
「ただし給料は減る」
「今までが異常なんだろぉ」
楽しそうに笑い合う両親についていけなくて、僕はポカンとしていた。 なんだかとても、そう、僕はとても複雑な気分だった。
前の僕と今の僕は別人だ。だから僕の記憶じゃない。ただ、前の僕の見聞きしたものを、僕は全てじゃないけど知っている。 例えば、パパーがどれだけボンゴレ10代目の座にこだわっていたか、とか。 バッボがどれだけ、パパーのために戦うことを生きがいにしていたか、とか。 僕は知っている。知っているんだ。
「マーモン」
僕の頭に、バッボの右手が乗る。 バッボは僕を触るとき、必ず右手を使う。 それが何故かも僕は知っている。 どうしてそうなったかも、ちゃんと知っている。
「嬉しそうな顔はしてくれねぇのかぁ?」
「だって・・・、そんなの驚く方が先だよ」
「そうか」
「そうだよ。驚いて、それから心配して・・・」
「心配?」
「僕の両親が職場にどれだけ迷惑をかけただろう、とか」
「ここ数年はもっぱら書類と睨めっこだ。誰にだって出来る」
「いきなりだったのは、悪かったけどなぁ」
驚いて心配した後は、呆れてしまった。やっぱり、迷惑かけてるんじゃないか。
「もう・・・一体なんて言ってやめたんだか」
「可愛い娘と毎晩ディナーを食べたいからだと言ってやったさ」
二人して、悪戯が成功したみたいな顔で笑って、もう本当に。 君達が親馬鹿になるだなんて考えもしなかっただろうさ、前の僕は。



数日後、引継ぎやなんやで午後からヴァリアーに行くと言うので、学校が終わった後について行った。
「もう、てんてこ舞いだよてんてこ舞い! なんでそう、思い立ったら即行動なんだよおまえら!」
ちょっと前までパパーの席だった革張りの椅子に座って、ベルがぐったりと頭をたれている。 レヴィもレヴィで現場でてんてこ舞いらしい。
「悪ぃな、家族のためだ」
「わー、ボスからそんな言葉聞きたくなかった。記憶から抹消しとくわ」
「悪ぃなぁ、娘のためだぁ」
「あー聞こえない聞こえない」
相当参ってるね、なんて言うとお陰様でね! と忌々しげな声が返ってきた。
「お前らが幸せになる分俺に皺寄せが来るなんて、こんな理不尽王子に許されると思ってんの? まじありえない!」
王子なんて年でもないくせになぁ。王室があるどっかの国には三十過ぎの王子様もいるけどさ、 それにしたって王様だか王女様だかがいなくなったら、王子様は王様になるしかないんだよ。 ベルは怒るかもしれないけど、今度教えてあげよう。
「まぁ、元気出しなよ。君の事はいつか僕が幸せにしてあげるからさ」
何言ってんだよ、と言おうとしたのだと思う。けれどベルの声は「なに」までで止まってしまった。 僕の言葉の意味を理解するのに二文字かかったってことだ。なかなか優秀だね。 パパーなんかはたっぷり10秒はかたまってた。
「ベル、てめぇ・・・」
「え、いや、なんで? 何で俺が怒られんの!?」
目の前ではパパーがベルに詰め寄っている。バッボと僕は、その様子を後ろの方から見守っていた。
「本気なのかぁ?」
心配げに僕を見つめるバッボに、大丈夫だよと笑って見せた。
多分ベルを幸せにするのは僕の役目なんだろうなって、ずっと前から知っていたから。

バッボがスクでパパーがボス
バッボのほうはお父ちゃん的なニュアンスらしい