Di Natale
あいつも三十路過ぎてからがくんと酒が飲めなくなった。
それでも決して弱い方じゃないんだが、マフィオソには馬鹿げたウワバミが多い。
(かと思えば一滴も飲めないドンもいる。あのジジイがそうだ)
去年は剣士の餓鬼と跳ね馬に飲まされて大変だった。飲まされたのはスクアーロで、大変だったのが俺だ。
あいつら飲ますだけ飲ませてほったらかしやがるから、後の世話は全部俺にまわってくる。
人間酔うと加減ってもんが無くなる。ましてやヴァリアーだ、酔ってたって車くらいなら簡単に壊せちまう。
そんなのをなだめすかして屋敷まで連れてかえって吐かせたり風呂に入れたりがどれだけ大変だったか。
厄介なのは、殴ったり蹴ったりではどうにもならないくらいあいつが打たれ強いということだ。
気絶でもさせればいいというわけにはいかない。
気絶するまで殴るのだって骨が折れるのだ。酔っ払っているから避けやがるし。
しかもあの男、酔うと見境が無い。いろんな意味で。いや、まぁそんなことはいい。
というわけで今年はベルを連れて行った。あいつは乗せられて飲むタイプじゃない、むしろ真逆だ。
キョウヤやゴクデラは早々に潰されたし、出来上がった酔っぱらい共も煽られるがまま酒を呷り、ベルのまわりにどんどん積み重なっていった。
そのベルが眠いからとゲストルームに引っ込んだ頃には、その場に生き残っているのはツナヨシや跳ね馬の側近、
キョウヤの懐刀といったハメを外さないタイプばかりだった。
「お前がこんな時間まているなんてめずらしいね」
こいつらが残るのはいつものパターンらしい。
「今年はナイフの坊主で正解だったな」
「去年は大変そうでしたもんね」
ツナヨシはともかく、こいつらがこんな風に俺に声をかけてきたことは今まで一度も無い。
平気な顔してても、やはり酔っているんだろう。ヴィーノやスプマンテやショウチュウの空き瓶がごろごろ転がっている。
「帰らなくていいの?」
視線だけで返すと、ツナヨシが遠慮がちに笑った。
「誰かが待ってるんじゃないの?」
「そりゃ、てめーだろ」
「そうだね。だからもうすぐ自分の部屋に帰るよ。可愛い奥さんが寝てる部屋にね」
まだ結婚してねぇだろうがお前ら。まったく、いつからこんな事言うようになったんだこいつは。
「生憎俺に女房はいねぇな」
「奥さんじゃ無くたって、人は待てるよ…だって…」
おいおい、目がやばいぞ。
「……だって…はち、ね…」
そう言ったっきり、ツナヨシはカクンと頭を垂れて、瞼を閉じた。やがてすうすうと寝息が聞こえてきた。
どうやらこいつも相当酔っていたらしい。
「部屋に帰るんじゃ無かったのかよ」
側近同士は二人で盛り上がっているし、俺もツナヨシの寝室がどこにあるかまではわかんねぇしな…
と思っていたらおずおずと扉を開けてキョウコが顔を出した。
「おい」
話の通じる人間が居て安心したのか、キョウコはほっと息を吐いた。
「今寝たところだ。起こすか? それとも寝室まで運んでやろうか?」
「ううん、後で毛布でも持ってきます。ザンザスさんは? まだ空きのゲストルームありますけど」
今から帰ることを思えば魅惑的な提案だ。外は寒い。眠い気もする。
だが…、
「遠慮する。うちに豪華なベッドがあるからな」
一瞬きょとんとしてからキョウコはおかしそうに笑った。
やはり俺も、それなりに酔っているらしい。
車を呼ぼうと電話をいれると、まだ出てなかったのぉ!? とルッスーリアが大きな声をあげて、それで大体察しがついた。
屋敷の扉を開けると、スクアーロがいた。
「テメェ…」
何してたんだ、は愚問過ぎるだろうか。いつからいた…でははぐらかされるのがオチだ。いや、何を聞いてもそうか。
なぜ報せない、では墓穴のような気がする。こいつがそんなに鋭いとも思えないが。
結局俺は全ての言葉を飲み込んで、
「……車はどこだ」
とだけ聞いた。
「あっちにつけてあるぜ」
ニッと笑った鼻や耳が赤くて、ツナヨシはこのことが言いたかったのか、と思った。
まったくあの男は、こういうことばかりに鼻が利く。
助手席に乗り込んで、シートベルトを締めると、「どこまで?」と聞かれたので、少し考えてから山際の別荘を選んだ。
「今からかぁ?」
「明日も明後日も祝日だ」
「今日と明日だろぉ」
「いいからさっさと行け」
そう言ってもスクアーロはなかなか車を発進させない。
業を煮やしてオーディオのあたりを蹴った。
「ナターレに俺と2人っきりってことだぞ?」
いまさらなにを。
一人で迎えに来て、いつ出てくるかわからねぇ俺をあんなところで待っておいて。
それでなんで、そんなことを聞けるんだこいつは。
「さっさと出ろ、カス」
「へーへー」
エンジンを噴かして、ようやく日本製のクワトロポルテが動き出す。
ジャッポーネの車はやたらと静かで滑らかだ。
俺は目的地に着くまで、少し眠ることにした。
別荘に着いたらこいつに酒を飲ませよう。
こいつが酔ってりゃ、俺も墓穴が掘りやすい。
どんな酒が残っていただろうか、どちらにしろ食料は足りないか。
カルチェチネーゼの商店ならナターレでも営業してるだろう。
夜が明けるまでまだ長い。別荘について一番にこいつを酔わせようか、それとも買い物に行ってからにしようか、
考えているうちに俺は眠ってしまった。
クワトロポルテ=セダン
ベルリーナとも言うそうですが、ドイツ車っぽいからやめた
カルチェチネーゼ=チャイナタウン