思春期の病気

ずっと噛み付いてやりたいと思っていた白い首筋に丸い歯型を付けた。 背後から制服の襟を掴んで、生え際の柔らかい産毛のすぐ下に。
あいつは首を押さえて飛びのいた。案の定驚いた顔をしていた。 何かを叫びたいが何を言っていいのかわからない。 そんな困惑した表情で、独特の唸り声さえ上げずに口を開閉させている。
一度噛んでスクアーロのこんな顔を見れば満足するかと思っていた。 しかし何事もやってみなければわからないものだ。 全く足りない。それどころか、実はもっと酷い傷を負わせたがっている自分に気付いた。 こんなことなら噛み付くのを我慢していればよかった。 一度噛めばおさまるだろうと思ったからやってみたのだ。
まぁ、しでかしたことを後悔しても仕方が無い。物事は切り替えが大事だ。 俺は今、こいつに酷い事をしたいと思っている。 欲求がある以上、満たされるまで行動あるのみだ。 案外、少し怪我をさせれば満足するかもしれないしな。
「ちょっとこっち来い」
「なんだぁ」
警戒しながらも近づいてきた馬鹿のネクタイを掴んで、頬を一発殴った。 返す手で反対にも一発。 ネクタイを放すとよろめきながら後退り、俺と距離をとった。
「っにすんだよ!」
眉を吊り上げ、憤るように抗議の声を上げる。 頬が赤く腫れていて、一瞬胸が晴れたが、長続きはしなかった。
こいつからしてみれば理不尽極まりないことだろう。 いきなり二発も殴られて、ああ、その前に噛み付かれてもいるな。 わけがわからないという顔をしている。そんなの俺だってわけわかんねぇよ。
さすがにもう、呼んでもほいほい近づきはしないだろう。そう思って名前を呼んだ。
「スクアーロ」
「・・・んだよ」
「来い」
しかし、こいつは懲りもせず俺の言うとおりに近づいた。 歯を食いしばり、きつく俺を睨みながら。
今度は腹を蹴ってみた。 背中から倒れるかと思ったが、さすがに予測していた攻撃に受身を取れないほど愚鈍ではないらしい。 咳き込みながらも、しかしずっと床に伏すような無様は晒さなかった。
立ち上がり、俺をまっすぐ見据える。 鋭い目だ。強い視線ではあるが「強い目」とは少し違う気がする、獰猛な獣に似た目だ。
「スクアーロ」
鋭く俺を見つめたまま、ゆっくりと俺に近づく。 そして一歩踏み出せば殴れる、という位置でスクアーロは立ち止まった。
あいつの頬は赤く腫れ上がっている。腹にもおそらく青痣があるだろう。 満足するかと思っていた欲求は治まる気配すら見せない。 もっと殴りたい。もっと蹴りたい。酷いことをしたい。
それをこいつに伝えてみようかと思って、少し考えたが、やはりやめた。 上手く伝えられる気がしないし、上手く伝わる気もしない。
俺はスクアーロの胸倉を掴んで引き摺り倒し、腹の上に馬乗りになった。 胸倉を掴んだ手で喉元を圧迫してみる。 苦しそうに呻きながら、あいつは俺から目を逸らさなかった。


「・・・・はっ」
眼下の口元が歪んで、笑みの形を作った。 忠誠を誓った男に一方的に暴力を振るわれているこの状況で、一体何がおかしいというのか。
「アンタ、気付いて無ぇの?」
つぶれた声で切れ切れに、けれどどこまでも強気な声だ。
ぐっと、俺の膝の上辺りにスクアーロの白い手が押し当てられた。 薄っすら開いた唇の獣を思わせる白い歯の隙間から、見た目の鋭利さを裏切るような赤い舌が覗く。 相手を嬲り殺すときに見せるような表情に、背中に痺れのようなものが駆け巡った。
「・・・勃ってるぜ、あんたの」
挑発されていると理解すると同時に、スクアーロの首を締め上げながらその唇に噛み付いていた。 指先がピリピリと痺れる。自分の求めているものの輪郭が、爪の先に触れたような。 舌を絡めて口内をなぞって、息継ぎの合間にスクアーロの笑い声が漏れる。
「殴ってるうちに興奮しちまったのかぁ、アンタどうしようもないサディストだな」
否定するのも面倒で、俺はそのままあいつの口をふさいだ。
欲求がある以上、満たされるまで行動あるのみだ。



旧拍手お礼

何回はじめて話を書けば気が済むんだろう