深い眠り
俺はあんまり眠りの深いほうじゃない。
少しの物音で目を覚ましたり、趣味の悪い夢に魘されたり。
だから朝までぐっすり眠れるようなことはもちろん、夢も見ないような深い眠りですら俺にとっては貴重だ。
大変、貴重なのだ。
「・・・ス? い・・て・・・のか・・」
その貴重な眠りをむさぼる俺の体を、誰かが乱暴にがくがくと揺する。
それが誰なのか、思い当たる馬鹿は一人しか居ない。
「ボス! おい、ザンザス!!!」
目を開けると同時、即座に右ストレート。クリーンヒット。
長い銀髪を翻して、馬鹿はベッドに倒れこんだ。
「なにすんだぁいきなり!!」
こっちの台詞だカス。
「お前こそ、人の睡眠邪魔するからにはそれなりの理由があるんだろうな」
睨み付けてやればあからさまにしまったという顔。
「いや・・・その、あんたがあんまりぐっすり寝てるもんだから・・・・」
ほう、つまり俺の安眠を妨害するのが目的というわけか。八年間眠っている間に、ずいぶんとイイ性格に育ったもんだ。
待てだの違うんだだの言い募るのには耳を貸さず(当然だ)俺は勢いよくこの馬鹿をベッドから蹴り落とした。
三日後、あいつはまた真夜中にぐっすり眠る俺をたたき起こした。
今度は起きてすぐに腹いせに縛って床に転がした。
その次の日はさすがに俺も学習したので、あいつの部屋でヤって終わったらさっさと自分の部屋に帰った。
安物のベッドはあいつよりよっぽど大きな音で騒々しく鳴いた。
翌日ベルフェゴールに苦い顔をされた。
「ボスの部屋は上等で防音だけどさ、スクアーロの部屋は違うんだよね。しかもマーモンの部屋近いの知ってた?」
珍しく諭すような声色だった。
その後、あいつの任務や俺の仕事が重なって二週間すれ違う夜が続いて、今日は久しぶりに部屋に呼びつけようかと携帯電話を手に取った。
ああ、でも、それよりも眠いかもしれない。俺のとって三日ぶりの自分のベッドだった。
俺は結局、シャワーだけ浴びて眠ることにした。
ドアが開く音で意識が浮上した。さっきまで夢を見ていたような気がするがあまり思い出せない。足音を殺し、誰かが近づいてくる気配。
敵ならドアを開けてすぐさま攻撃を仕掛けるはずだ。第一、近づく気配がひとつなわけがない。
というよりも、俺はこれが誰だかわかっている。だから俺は狸寝入りを続けた。
「ボ・・・」
呼びかけようとして、はっと口を押さえたのがわかった。あいつもあいつで、学習したらしい。
ギュッ・・・とベッドが鳴って脇腹の辺りが沈んだ。息を殺し、あいつが近づいてくる気配。
喉元に、冷たい指先が触れた。何をする気だろうか。努めて穏やかに、規則的に呼吸を繰り返した。
あいつの右手が喉を覆い、首でも絞められるのかと思ったが、その手に力は篭らなかった。
手は布団をめくって胸の辺りをうろうろと撫でている。なにか、確かめるような手つきだ。
「・・・ザンザス」
かすかな空気の振動は、秘密を打ち明けるような声で俺の耳に届いた。
髪が俺の腹や胸に落ちて、ゆっくり、左の胸に暖かい重みがのっかった。
感触が耳だと伝える。あいつは俺の胸に耳をつけて、そのまま動かなくなった。
俺はようやく、この馬鹿の行動の理由を悟った。
熟睡する俺を叩き起こさずに居られなかった理由、眠る俺の胸に耳を寄せる理由。
俺は眠っているとき、まるで死んだようにぴくりとも動かないらしいのだ。
そしてあいつは、八年間も眠った俺を待ち続けていた。
二度と目を覚まさないんじゃないかって思いながら、ずっと。