「この前女の子とキスしたのよ」
これが例えばベルの台詞だったら、やっとコイツもそんな歳かぁと思うだろうし、
マーモンだったらなんかちょっと微笑ましい気分になるかもしれない。
ボスにとっては女とのキスなんて珍しくも何ともないわけだし、レヴィだったら・・・なんかあんまり聞きたくねぇな。
(だってあいつの恋愛事情に興味なんてあるか?)
だけど、他愛もない話の延長で「そういえばね」とさっきの台詞を吐いたのは、
ベルでもマーモンでもザンザスでもレヴィでもなく、よりにもよってルッスーリアだった。
「・・・お、おう」
とりあえず返事だけでもしなきゃと思って(だって二回言われたらどうするんだ。更に困る)、えらく中途半端な返事になった。
だってなんか、あんまりにもサラリと言わなかっただろうか。そんなの余計ひるむだろうが!
幸いルッスーリアは俺の様子なんて気にしてないようだが。
「わたし女の子とのキスははじめてだったんだけどね。
やっぱり柔らかいものなのかしらって思ってたのよ。
女の子って男の子に比べてどこもかしこも柔らかそうでしょ?」
もちろん俺は男と関係なんて持った事ないから、正確な比較は出来ない。
でもまぁ、自分と比べて女の体が格段に柔らかく出来ているのは実感としてよく知っている。
「まぁ、確かに・・・」
「でもねぇ、唇は男も女も大差ないのね」
お化粧してたらすこしベタベタするくらいかしら。なんていわれても、納得すればいいのか同意すればいいのか辟易すればいいのか・・・。
コイツがオカマなのは周知の事実だし、ホモなのもまぁオカマなんだったら恋愛対象は男なんだろうなぁって思うもんだろ。
大体、俺はこいつの趣味を知ったときに
「死体なんて集めてどうすんだぁ。セックスでもすんのか?」
と、何の気なしに聞いてみたことがある。
そしたらこいつはオバサンが「あらいやだ」と言うときのように手を振って
「やぁね、私にだって彼くらい居るわよ」
と、至極当然と言わんばかりにそう言った。
俺はたいそう驚いて、興味津々にその男の事を色々と聞き出した。
その当時は、こんなのと付き合うなんて一体どんな物好きかと思ったのだ。
今となってはヴァリアーのどの幹部よりもルッスーリアがマトモだとさえ思うのだが。
それ以来俺はちょくちょくコイツから男の話を聞かされた。
ほとんどは惚気か愚痴で、きっと他に言えるような奴が居ないんだろうなぁなんて思いながら適当に相槌を打っていた。
だって子供に聞かせるにはディープだ。ボスに言っても無反応で砂に釘を指す気分だろうし、レヴィは・・・できんのか恋愛のハナシなんて?
というわけで、コイツの趣向と言うか、そういうのはよく知っているんだが、やっぱりあんま慣れるもんでもない。
「そういうもん・・かぁ?」
「アンタも男の子とキスしてみなさい。なんだ、似たようなものね。って思うから」
「・・・誰にだよ、気持ち悪ぃ」
うんざりしてそう言うと、ルッスーリアは「おほほほほ」なんて似合わねぇ笑い方をした。いや、ある意味お似合いなのか?
「でもね、スクアーロ」
ルッスーリアは俺の目を見てにっこりと口角を上げ・・・・
パンッ
耳を刺す様な音にハッとして、慌てて視線を目の前に戻す。
そこには、頬杖付いて眉間に皺を寄せたボスが居た。
そりゃそうだ、今俺はボスの仕事部屋で明日の任務について聞かされているんだから。
ボスが目の前に居ないわけがない。
「おいカス」
やべー・・・ご立腹だこりゃあ・・・。
「聞こえてんのか、おい」
「・・・・・・なんだよ」
「なんだよだぁ?」
眉間の皺三割り増しで、悪人面がさらに凶悪に。
寝てりゃあ童顔なんだけどなぁとか要らんこと考えてる間にも、体中にコイツの不機嫌が突き刺さる。
ゔおー・・・やべぇなこりゃ。
殴られ慣れてるとはいえ、人より相当打たれ強いとはいえ、やっぱり出来る事なら痛いことは避けたいのが本音。
ベルやレヴィに腫れあがった頬を笑われるのも嫌だ。
あいつら指差して俺を笑うんだ。
「じゃあてめぇ、俺がさっき言ったこと言えんのか?」
「・・・・・・」
ああ、でも、もうこりゃ一発は確実だ・・・なんてやけに冷静に思った。
一発で済めば女神に礼を言わなきゃならないくらいだ。
だって、一言も思い出せねぇ。
最初の方は聞いてたはずだってのに。
ルッスーリアとのアホな会話で頭がいっぱいでほとんど聞いてませんでした、なんて言った瞬間、俺の未来の姿は決まるだろう。
はい、お前五分後血みどろね。ってな具合。声の出演、ベルフェゴール。似合いすぎて腹立つな、おい。
けれど、適当言っても殴られる。
ここまで来れば、結局は一緒なのだ。
はい、俺血みどろ決定。ああもう、畜生。
同じ殴られるなら正直な方がいい。
俺は意を決して「すまねぇ、聞いてなかった」と言おうとした。
の、だが。
「す・・・」
と言ったか言えなかったかすら定かではない。
俺が口を開いた瞬間に
「ゔお゙っ!!!」
電気スタンドが飛んできた。
幸いスタンドが直撃したのは俺でなくその後ろの豪奢なドアだった。
ぶつかったところがへこんでいたのは、おそらく、というか確実に気のせいではないのだろう。
「避けてんじゃねぇよ」
普通避けるわ!
あんなのがあんなスピードで当たったら大惨事じゃねぇか!
いや・・・、惨事はこれから始まるのか。
電気スタンドを避けた事で、ボスの機嫌は更に降下。
いっそぶつかってた方が直接殴られるよりも痛くなかったかもしれない。なんで避けたんだ俺。
「人の話もまともに聞けねぇのかこのオツムは」
机の向こうから伸びてきた手が俺の髪を掴んで、これを避けたら流石に地獄を見る!と素直に引っ張られたら、あと5インチほどのところにボスの顔。
赤い目が鋭く俺を睨みつけている。
絶体絶命。大ピンチ。まな板の上の鮫だぞこりゃあ。
これから痛いことが始まるのか。
赤色はぎらぎらと鋭利な光を放っている。
ここまで来れば諦めるよりほか無い。
そんなに長いこと続かなきゃいいなぁと思うのみ。慣れってのは恐ろしいもんだ。
なにより暴力を振るわれる事に慣れている自分が恐ろしい。
ボスはまだ何か言っている。
きっと罵られているんだろう。
声は声としてしか耳に入ってこず、目に入るのは躍動する唇だけ。
そういや最近忙しくて、セックスは愚かキスすらご無沙汰だなぁなんて思ったら、
「でもね」と、ルッスーリアが微笑みながら言ったあの言葉が浮かんだ。
「スクアーロ、そういうのは衝動よ」
衝動・・・
果たして目の前の唇は
「おい、聞いてんのか」
柔らかいのか。
ハッと我に帰ったとき、俺はもうそれをしでかした後だった。
つまり、目の前の唇に、えっと、つまり・・・
「!!!!!!!!!!!!」
声にならない叫びをあげて、俺はボスの部屋から飛び出した。
目の前のボスはポカン・・・と固まっていた。
そりゃそうだ。
部下にいきなりキスされて、しかもそれは男で、よりにもよって俺だった。
とにかく廊下を走って、どこに向かっているか俺自身もわかってなくて、その間に何人かと擦れ違ったが誰だったかは定かじゃない。
人気の無い階段の踊り場にへたり込んで、なんちゅう事をしでかしたんだ俺は・・・と頭を抱える。
ボスのリアクションが読めなくて、それが一番恐ろしい。
殺されちまったらどうしよう・・・。
走った所為か、動悸が止まらない。
しかもボスの唇は結構柔らかかった。
いやいや、しかもってなんだ。
キスにどきどきしてるみたいじゃねぇか、んなわけあるか勘弁しろよ俺の脳髄。
死への恐怖に決まってるだろうが、命の危機が俺の鼓動を早くしてるんだ。
あああ、リプレイするな! 繰り返し思い出すんじゃない!
そうだ、まだ早いが今日はもう寝てしまおう。そうだな。それがいい。さっさと寝よう。そうしよう。そうするべきだ。
明日も任務があることだし。
「あ・・・・」
俺、明日の任務の内容知らねぇや・・・。
Santo cielo!
自覚して無いスクアーロ。関係も無い。
Santo cielo!=なんてこった!(直訳は聖なる天の神様)
「どうすりゃいいんだ!」と読んでいただければ一番良いです。