飛ぶ鳥のメランコリィ

あいつの背中には鳥がいる。
小さく、小さな、手の平で隠れてしまう程の、三羽の鳥の影。
それは右の肩甲骨の上、背中の隅っこで翼を広げて飛んでいた。

彫ったのは当時あいつが囲っていた女だ。
栗色の髪を耳のラインで揃えた、首の細い女。俯く姿はいかにも情緒不安定っぽくて、精神を患っているようにも見えた。
しかし顔を上げてこちらを向いた両の目には想像していたような脆弱さや虚無は欠片も無く、 驚くほど強く鋭い突き刺すような視線で俺を見た。 真っ直ぐに見据えるその目を俺は既に知っていると、強烈に感じた。

俺は出会ったその日に女を抱いて、少しの間俺の手元に置いた後、殺した。
右腕を執拗に押し潰していた事には後で気付いた。それは女の利き腕だった。

ある日あいつは俺に尋ねた。あいつとはどうなった、と。 あいつはあの女のことを『あいつ』と呼んだ。
俺はどうしてだか、ありのままを言葉にして伝えるのを躊躇った。 自分の女を寝取られた挙句に殺されて、こいつは怒鳴るだろうか、俺に殴りかかってくるだろうか、はたまた俺を殺そうとする?
どれもそれなりに興かもしれない。 ただ、悲しまれるのは嫌だと思った。 悲しまれるのは、嫌だ。 こいつがあの女を悲しむのは、とても不快だ。 俺がそう思うその理由が見当たらなかったが、きっと鬱陶しいからだろうと結論付けた。きっとそうだ。 「そうか」と俯き、途方にくれたような顔で悲しむ姿を想像してみる。 やはり酷く鬱陶しい。

「気になるか?」
「そりゃあ、身内は気にかけるのは当然だろぉ」
「身内?」
「凄ぇ似てたんだ」
「似てる?」
「求めるものが、特によく似てた」
そういえばこいつは、あの女が俺のところへ居ると言った時、やっぱりなぁと笑ったのだった。 悔しさや嫉妬や憎しみや、女を盗られた男が持ちうる黒い感情の一切が感じられない顔だった。 あの女を思い浮かべて、笑っているだけだった。
「あれはお前の女じゃなかったのか?」
「あいつは俺にそういうことを求めなかった。俺もあいつにそういうものは求めていなかった。あいつが求めたのはあんただ。そうだろ?」
らしくない回りくどさだ。 無口なあの女が口を開いたときは、こんな喋り方をしていた気がする。 いつもの直情的な喋り方に慣れた俺には、こいつのこんな喋り方は居心地が悪い。
「どうだかな。目ぇ放した隙にどっか飛んで行っちまったぜ」
はぐらかすつもりでそう言った。 事の仔細、例えばそうなった原因や女の行方なんかを聞かれても、答える気は無いというニュアンスを含ませて。 けれどこの言葉は、あいつにとって納得のいくものだったらしい。
「そっか。決心が付いちまったのかなぁ」
あいつはあまり見ない類の、諦観と羨望が濃く浮き上がった目をしていて、 それはいっそう俺に居心地の悪さを感じさせた。 その目が窓の外を見て、静かに話しかけるように、薄い唇が動いた。

「ずっと死にたがってたもんなぁ」



そのまま俺はあいつを殴り倒して、腹を蹴って、うつ伏せにして、床の上で犯した。 こういうことは初めてじゃなかった。
あいつは色んなところから血を出して、呻いて、けれど最後には喘いだ。
体を揺すられながら、途切れ途切れにあいつは言った。

なぁ、あんた、あいつに惚れてたのか?と。

俺は繋がったままボロボロに殴ってやろうと思ったのだが、もうあいつの顔に殴るところが見当たらなくて、噛み付くようにキスをした。
息を吸い込むと、胸の中で酸素が燃焼する音が聞こえた。

確かにあの女はこいつに似ていたのかもしれない。 あの女の目に見覚えがあったのは、こいつの目に似ていたからだ。
少しの間側に置いたのも抱いてみたのも気まぐれだった。 目が気に入ったから。

結局殺したのは、前から決めていたことだったからだ。
はじめから殺そうと思っていたのだ。 あの三羽の鳥を見たときから、これをやった人間を殺そうと、強く心に決めていた。 あの女の姿を見る前から、実際に顔を合わせているときも、同じ部屋にいるときも、 キスをしてセックスをしているときもずっと、俺の中には明確な殺意があった。
なぜだかはわからない。

コイツの背中がしなるたび、右の肩甲骨の上の鳥が躍動する。 疎ましい。
疎ましい。
あの女とこいつの求めるものが似ているのなら、こいつも俺が殺せば笑うのだろうか。

それは酷くおぞましい空想だ。
自覚して無いボスと自覚しているスク

でも両方気付いてない