ホワイトルーム:A
あまりにも白い。
壁も天井もシーツも布団もコイツの腕も顔も。
白くて白くて、眩しさに涙が出そうだった。
涙だなんて。
弱っているのかもしれない、俺も。
自嘲から口角が上がる。
片割れが動かなくなって一週間、俺はずっとその傍らにいる。
というか、離れられないのだ。
隣にコイツがいないと不安に駆られてどうしようもなくなる。目を離した一瞬に置いていかれそうで。
苦しくて仕方がなくなる。
そしてやがて、意識が白む。
平たく言えば、パニックからいわゆる過呼吸の状態に陥ってしまう。ということらしい。
正直、この身体現象は至極都合の良いものだった。
(まぁ、何をするのも一苦労では在るのだが)
白い額を撫ぜると、なんだか自分自身がおかしくて仕方なくなった。
「生きた屍になるくらいなら、お前に殺されるのもいいかもな」
いつか呟かれた言葉。
「そんな風になって生きてるくらいなら、お前が殺してくれよ」
まさかこんな日が来るとは思っていなかっただろう。
それとも予感があったのだろうか。
だから俺にそんなことを言ったのか。
わからない。
アイツだけはわからない。
ただ、その言葉が心底なのだけはわかる。
呼吸器に手を添える。
これさえなくなれば、こいつは死ぬ。
いつかの約束を果たす事が出来る。
俺はコイツに一週間ぶりのキスをすることができる。
兄の顔をじっとみつめる。
同じつくりの器。
(俺の寝顔もこんなんなんだろうなぁ)
寝ているようだ、本当に。
頬を撫ぜる。
反応は無い。
瞼に触れる。
反応は無い。
首をつかむ。
反応は無い。
ああでも。
体温がそこにある。
心臓に手を置くと確かに動いていて、俺は心底泣きたくなった。
希望とか願いとか、無縁だと思っていた。
いつかやきっとなんて言葉が胸に浮かぶ日が来るなんて、夢にも思わなかった。
この機械をはずせば、後はただ冷めて腐ってゆくのみ。
だけど今、ここには確かに生きた雲水が居る。
兄が事故にあった瞬間から僅かなしびれを訴える右手から、何もかもがすとんと落ちるような感覚が巡るのを想像して、未曾有の孤独が視えた。
世の中の殆どの人間は、こんな風に孤独なのかと思った。
半身が居ないとはどのような感覚か。
酷い。
叫びだしたくなるほどの酷い孤独。
「当たり前だろうが。絶対に殺してやる」
俺は兄を見上げて言った。
「俺だって何かにお前を持ってかれるなんて真っ平だ」
あのとき確かにそう言った。
「雲水」
己が一番恐れているのは、この体温の消失なのだと思い知った。
「なぁ、雲水」
耳を触る。首筋を撫でる。そのまま肩から腕へ。そして、手を握る。
「俺が嘘つきなのなんて今更だろ」
請うように呟いた。
或いはこのまま同時になら、怖くないと思った。
阿含だって案外と普通の子だと思う